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薬物療法抵抗性大うつ病に対するスマートフォン認知行動療法と抗うつ剤併用療法の無作為割付比較試験
研究の背景

単極性うつ病は、死亡を含めないQOL損失の非常に大きな原因であり(日本で4番目、世界で2番目)、さらに今後20年間その損失は増加すると予測されている (Murray et al. 2012)。さらに2008年には日本でのうつ病による経済的損失は1年間で約2兆円と推計された (Sado et al. 2011)。日本では年間自殺者数が3万人前後で人口当たりの自殺率は米国の約2倍に達するが、自殺者の約半分が既遂直前に気分障害に罹患していると推定されている (Arsenault-Lapierre et al. 2004)。

うつ病治療の臨床現場での第一選択肢は抗うつ剤による薬物療法であるが、薬物療法のみではうつ病の治療は不完全で、2-4ヶ月の急性期治療で寛解に達する者は50%未満である (Trivedi et al. 2006)。一方、うつ病に対して有効性を証明されたもう一つの治療法として、認知行動療法があり、単独で薬物療法とほぼ同等の効果を有する(Cuijpers et al. 2008)が、併用により各単独治療よりも有効性が増強することも示されている(Cuijpers et al. 2009)。従って、単独治療として薬物療法よりも精神療法を希望する患者に認知行動療法を実施することにも意味があるが、とりわけ、薬物療法のみで反応が不十分な患者に対しては薬物療法に対して認知行動療法を追加することは有力な選択肢となる。

しかし、認知行動療法の施行には標準で1セッション1時間×16回の対面治療が必要となり、技能を持った人材と時間とを要する治療であるために、十分普及しているとは到底言えない。2011年のうつ病患者数は約103万人と推計されている(2011年、厚生労働省、患者調査)。一方、2012年の精神科医師数は約1万4千人であった(2012年、厚生労働省、医師・歯科医師・薬剤師調査)。認知行動療法を施行できる精神科医師はさらに少ない。したがって、現状では、全てのうつ病患者に最適な治療を提供するのは困難であることは容易に推定される。

一方、近年コンピュータやスマートフォンを用いた認知行動療法がオーストラリア、イギリス、オランダ、スウェーデンなどで行われている。6研究645人の対象者を含むAndrewsらのレビュー(Andrews et al. 2010)では、コンピュータを利用した認知行動療法を通常治療や治療待機群と比較した効果量は0.78 (95%信頼区間: 0.59から0.96)と推定された。Soらは16研究2807人の参加者を含むレビューを行い、短期的には脱落は増えるものの症状軽減の効果量は0.48 (0.63から0.33)あり、ただし長期追跡時には有意差は認められなかったと報告している(So et al. 2013)。スマートフォンを用いた認知行動療法も開発されつつあり、通常治療に劣らない効果があるとするもの(Merry et al. 2012)、あるはコンピュータ(インターネット)版と同等の効果があるとする研究がある(Watts et al. 2013)。莫大な患者数の割に少ない精神科医を考えると、新しい情報通信技術、中でも携帯性のあるスマートフォンを使用した認知行動療法を開発することが今後のうつ病治療には助けになると考えられる。

今回我々は薬物療法のみで反応が不十分な患者に対して薬物療法に対してスマートフォンを利用した認知行動療法を追加する併用療法の効果を検証する研究を計画した。薬物療法の中では、12個の新規抗うつ剤の効果と受容性を比較したネットワークメタアナリシスでは、エスシタロプラムとセルトラリンが抗うつ剤の中でも受容性と効果のバランスが良い薬剤であることが示された(Cipriani et al. 2009a)。そこで、従来薬で十分な効果が得られない薬物療法抵抗性の大うつ病患者に対して、エスシタロプラムまたはセルトラリンに変薬するという治療と、変薬に加えてさらにスマートフォン認知行動療法を追加するという治療を比較し、スマートフォン認知行動療法の併用に追加の効果があるかを検証する。

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