Healthy Campus Trial

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大学生のメンタルヘルス増進のためのスマートフォン認知行動療法の最適化研究:完全要因ランダム化試験

背景と理論的根拠

大学生のメンタルヘルス

我が国における青年期人口の自殺率の高さや、大学における精神障害を有する学生に対する支援ニーズの高まり(日本学生支援機構, 2017)を背景に、青年期の精神疾患予防および精神的健康の増進に注目が集まっている。青年人口の約6割が進学する大学・短大における精神的健康課題への取り組みが期待される一方で、この課題を解決するには青年期心理学や精神医学に精通した専門家による介入が必要であり、ほとんどの大学では人的・経済的資源が不足している。

近年、精神保健対策において薬物療法と並んで認知行動療法(以下CBT)の有効性が指摘されている(Furukawa et al, Br J Psychiatry, 2017, 190-6)が、古典的CBTは、多くの人的・経済的・時間的な資源を必要とすることから、医療機関ですら十分に普及していない。加えて、CBTは典型的にはセルフモニタリング(SM)、認知再構成(CR)、行動活性化(BA)、アサーション訓練(AT)、構造化問題解決技法(PS)の5つの認知・行動スキルのコンポーネントを含み、パッケージとしての効果が示されているものの、どのコンポーネントがどのような対象者に有効なのかは明らかでない。対象者の状況に応じて効果的なコンポーネントを選択できるテーラーメイドのスマートフォンCBTを開発することができれば、効率的かつ効果が保証され標準化されたCBTを、低コストにて実施することが可能となる。

スマートフォンCBTの強み

本研究では、すでにランダム化比較試験(Mantani, Kato, Furukawa, et al, 2017)により有効性と安全性が確認されたスマートフォンCBT(図1)をベースにして、大学生に特化したアプリを開発する。確認したスマートフォンCBTは、少なくとも3点の特徴を持つ。第1に、セルフヘルプとして実施できるため、専門家のコストを費やさず、費用対効果が極めて高い点に特長がある。第2に、スマートフォンアプリによるCBTは、大学生が置かれる多忙な状況において、好きな時に好きな場所でとり組むことができる。加えて、家族から離れて生活し孤立する大学生も多いところを、スマートフォンアプリは彼らに繋がりを持たせることができる。第3に、今回我々が開発したスマートフォンCBTは5つの治療要素があり、そのバリエーションから、個人ごとの特性に応じてどのような治療要素の組み合わせが有効か、即ち、個々の特性に合わせた精密医療Precision Medicineを実現することが可能となる。本研究ではこの検討を実現するために、最先端の試験デザインである多相最適化戦略試験(Multiphase Optimized Strategy Trial; MOST)(Collins, Kugler & Gwadz, 2016)による検証を行う。

図1. 本研究で用いるスマートフォン認知行動療法

図1. 本研究で用いるスマートフォン認知行動療法

多相最適化戦略試験と完全要因デザインの強み

本研究において我々は、大学生のレジリエンスを効果的に増進し、精神疾患を予防するスマートフォンCBTアプリケーションを開発し、その効果を最新の試験方法であるMOSTを用いて詳細に検討する。MOSTは工学や農学に由来する手法であり、有効要素が複数ある場合に、どの要素がどの用量ある場合に、最適な効果を得るかを検証する一連の試験方法を指す(Collins, Kugler & Gwadz, 2016)。MOSTは、Preparation、Optimization、Evaluationの相からなる(図2)。本研究はこのうちOptimizationフェイズに該当し、一定以上のストレスを感じている大学生のレジリエンスの向上において、スマートフォンCBTの治療要素5つのどれが、あるいは、どのような組み合わせが最も有効かつ効率的であるかを検証する。そのために、完全要因モデルによるランダム化比較試験を実施する。要因デザインの強みは、要素ごとの効果を明らかにできるだけでなく、各要素の間の交互作用(つまりどの要素とどの要素の組み合わせが特に有効か)まで同じ統計学的検出力を持って検討できる点にある。加えて、各要素とその要素を含まないすべての組み合わせを比較するので、このデザインにより、精神療法の研究における長年の疑問である、治療効果の特定性の問題を克服できる。

参加者は京都大学および協力大学で募集し、各要素の有無、即ち2^5=32通りの組み合わせに無作為割り付けを行なった上で各個人が所有するスマートフォンにて実施する。ウェブアンケートによる精神・心理学的評価を合わせて実施することによって、スマートフォンCBTの効果に影響を与える個人の性格や心理的脆弱性、生活環境などの効果修飾要因についても探索を行う。これにより、様々な背景を持つ大学生ごとに最適なCBTコンポーネントの組み合わせが明らかとなる。

図2. 多相最適化戦略試験の概要

図2. 多相最適化戦略試験の概要、(Collins, 2016)より一部改変

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